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食卓の秋

2010.09.26.23:00

30℃から8℃。

この1週間で、朝の気温が大きく変わりました。

ハワイから富良野、あるいはサウナから冷蔵庫といった感じです。

北京に滞在中の義兄が「ここは夏と冬しかない」と行っていたことを思い出します。

日本も北京なみになった感があります。

そんな日曜日、キンモクセイが匂ってきたので、キノコ採りに行きました。

誰にも教えない秘密の場所で、ハツタケをザルいっぱい採ってきました。

所要時間は2時間。

女房が茹で栗を剥いて、キノコ煮に添えてくれました。

一気に秋の食卓です。

1週間前は、冷や奴にそうめんだったことを考えると、別世界です。

生醤油に日本酒で煮染めたハツタケは、ふるさとの香りがいっぱいでした。


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落雷の後に

2010.09.25.18:35

23日の午後2時ごろ、我が家のすぐそばに落雷がありました。

ドッカーン!

ものすごい巨大爆弾が落ちたような大音響と共に、30mほど離れた納屋に火柱が見えました。

そして、すぐに停電。

ネコたちが血相を変えて、家に逃げ込んできました。犬のコハルもおびえて鳴いています。

落ちたのは高さ30mはあろうかと思われるメタセコイアの巨木です。

煙が横に流れてきました。

幸いなことに、我が家の被害は電話機器のみで、PCやテレビなどは大丈夫でした。

隣のおばあちゃんの家は、電話と電子レンジがダメになりました。

そして、雷の落ちた巨木の根元から納屋にかけて、長さ5m・幅50センチで地面がえぐられました。

納屋入り口のコンクリートは、ばらばらになり吹き飛ばされていました。

恐ろしいカミナリの威力。隣の鈴木さんの家では、大型冷凍庫とクーラーなどが壊れたようです。

おばあちゃんの家へ様子を見にいくと、別な電子レンジを用意しているところ。

作業をするそのわきには、あでやかなカトレアがにこやかに咲いていました。


横須賀タマ公ものがたり

2010.09.14.23:30

横須賀のJR衣笠駅に降り立って、タクシーに乗りました。

「衣笠山公園までお願いします」

「お客さん、公園のどこですか?」

「中央の広場に、忠犬タマ公の碑があるはずなんです。その碑のところへ行きたいんです」

「忠犬タマ公なんて、初めて聞きますね」

「昭和の初期に、雪崩からご主人を2度救った新潟の犬です。

小泉純一郎のお祖父さんの小泉又次郎・横須賀市長が碑文を揮毫しているんです」

「へぇー、面白い話ですね」

公園に着き、急傾斜の道を登りしばらく行くとその碑はありました。

写真におさめ碑文を読んで、タクシーの待つ駐車場に戻りました。

衣笠駅に到着し、運転手さんにお礼を言うと意外な言葉が返ってきました。

「ありがとうございます。勉強になりました。今度休みの日に家族を連れて行ってます

茨城からわざわざ、横須賀のこと教えに来てくれて、感謝します。ホント」

車窓から見える横須賀の海はきれいでした。


花子さんと王子様

2010.09.14.23:09

シンガーソングライターの大島花子さんの事務所へおじゃましてきました。

東京青山の一等地にオフィスはありました。

近くには迎賓館や東宮御所があり、緑の多いところです。

花子さんはとても気さくな方で、私のような田舎者の話しにもきちんと耳を傾けてくれます。

豊かな感性とフラットな視線から、ただならぬ育ちの良さを感じます。

おまけに、本日は王子様までがお迎えに来てくれました。

王子様は大物の風格とクレバーな香りを、早くも漂わせています。

大いなるおもてなしを受けて、まるで迎賓館にいるような気分でした。


特攻前夜の寄せ書き

2010.09.12.00:03

土浦で集まりがありました。

会場は、霞月楼という老舗の料亭。

玄関を入ると戦時中の写真や資料などを展示したコーナーがありました。

宴席の途中、女将さんのあいさつがありそのときに一枚の屏風を見せてくれました。

屏風には、様々な筆致で寄せ書きが書かれていました。

女将さんの解説は以下のとおりです。

土浦海軍の士官さんたちが特攻隊に配属される際の送別会で、この屏風に描きました。

昭和19年5月とありますから、戦火がいよいよ激しくなったころです。

裏返しになっている文字は、やがて帰るとの意味が込められています。

「神州不滅」や「征空萬里飛」のほか特攻潜水艦「回天」、特攻機「桜花」の文字が見えます。


死を前にしての思いが様々な形で表現され、若者の純粋さと苦悩が立ちのぼっています。

70年もの昔のことですが、つい昨日のことのように見る者に迫ってくる屏風です。


朝日トンネル見学

2010.09.05.14:54

地元を対象とした朝日トンネルの見学会に行ってきました。

珍しいこともあって、子供たちも混じり大勢の人が集まりました。

順調に進めば来年2月には貫通するという工事、石岡工区1052mのうち325mが掘られていました。

岩盤が硬く、ダイナマイトを使った発破工法で掘削されています。

上部から流水を処理するため配水管を通し、浄化した上で小桜川に流しているそうです。

先端の掘削箇所には、赤いレーザービームが時計の針のように動いています。

これは土浦側からの掘削とズレないよう、常に測量して正確な掘削位置を示しているわけです。

開通は平成24年度といいますから、2年後になります。

完成すれば10分間の短縮に加え、積雪凍結の道路閉鎖がなくなり、つくば方面がぐっと近づきます。

もちろん、来訪者が「トンネルを抜けたら里山だった」と感じられる里山保全の努力が求められます。

地域には、開通後のビジネスの広がりに期待している人が大勢います。

でも、外部からはそれ以上にビジネスチャンスを狙っている人たちがいます。

トンネルを挟んで、内外の攻防が生まれそうです。

しかし、それはトンネルが土浦側とズレずに掘れた場合のことです。

この暑さだと、いつコンピュータが誤作動を起こしてもおかしくないのです。

計算違いには、要注意です!


予科練平和記念館

2010.09.02.22:58

阿見町の予科練平和記念館を訪れました。

酷暑の午後、霞ヶ浦湖畔の記念館はまばゆい陽光に照らされ、氷の城のように佇んでいました。

入ってみると、土門拳の写真が圧倒的な存在感で迫ってきます。

土浦海軍航空隊の甲種13期生の生活と訓練を切り取った写真です。

これまで発表されていなかった土門の作品群が、予科練の青春を印象的に抉り取っています。

稀代の表現者が加わると、これほどまでに往事が甦るのかと驚きます。

これらの写真の誕生の陰には、土門の執拗で鬼気迫る姿勢がありました。

予科錬成たちは、そのしつこさに無性に腹を立て、頭皮入りの「フケ飯」を食わせました。

そのエピソードは「土門拳が封印した写真」(新人物往来社刊1800円)に詳しく記されています。

著者の倉田耕一さんは、木訥な東北なまりで次のように解説してくれました。

「土門拳の写真は、時代を切り取りテーマを選別して見る人に迫るよね」

「この予科練の写真も、限定されたシーンなんだけど、予科練の精神が迫ってくるよね」

記念館は、予科練に志願した昭和の少年たちの姿を、饒舌に語っています。


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